最もバスケに影響を与えた選手 7位 オスカー・ロバートソン

7.オスカー・ロバートソン

影響:

トリプル・ダブル

それはオスカー・ロバートソンと切っても切り離せない関係にあるものでしょう。
彼はNBAキャリアで181回のトリプルダブルを記録し、それはNBAレコードでもあります。
ロバートソンは最初の5年で、30.3得点、10.6リバウンド、10.4アシストを記録しています。今見ると恐ろしい数字ですよね。


でもここではトリプルダブルのことは一旦置いておきましょう。


ザ・ビッグ・オー」ことオスカーロバートソンは、フィールドゴールパーセンテージが50%を超えた初めてのガード選手であり、なおかつ、一試合平均10アシスト以上を記録した最初の選手でした。


ロバートソンは高校時代、2年連続でバスケットボールに熱狂的なインディアナ州のチャンピオンに輝いています。
そして彼は1960年にオリンピックで金メダルを獲得しています。


彼はまた、64年にMVPを獲得し、71年にNBAチャンピオンに輝いています。


ここまで言ってもなお、「なぜオスカーロバートソンがバスケットボールの礎(いしずえ)であるか」に対する回答としては不十分なのです。


NBPAの第3代大統領および公民権活動家として、ロバートソンは年金の確保とプレイヤーのためのFA権の確保のために10年以上かけて戦いました。


ロバートソンvsNBAにおける彼の独占禁止法訴訟は、プレイヤーを永続的に一つのNBAチームに縛り付ける準備条項を破棄させることに成功したのです。


その条項の撤廃とロバートソンの努力の結晶として生じたFA権は、現代NBAの潤沢な経済状況と雇用形態を形作っています。


レブロン・ジェームズの「The Decision(マイアミヒート移籍)」、ESPNにより毎年行われるFA争奪戦に関する玉石混交の報道、そして今となってはNBA自体が奨励していると言っても過言ではない大型契約やトレードの促進は、ロバートソンが過去における不当な現状を打開しようと尽力したことに依拠していたのです。