最もバスケに影響を与えた選手 9位 ラリー・バード

9.ラリー・バード

影響:

ラリー・バードはまるで架空の人物が現実世界に飛び込んできたかのような存在でした。

“the Hick from French Lick”(フレンチリックから来た田舎者)はセルティックス、もといNBA全体を好転させるため、ボストンにやってきたのです。


バードは、彼よりもっと派手なプレーをしていたロサンゼルスのマジック・ジョンソンというライバルと共に、当時のNBAで美しいボールムーブメントを展開し、NBAファンが失いかけていた熱狂を取り戻したのです。

バードの果敢なるリムアタックとゲームコントロールは、次世代の模範となりました。
バードは彼以前のいかなるフォワード選手よりもパッシング能力に長け、それでいて誰からでも、いかなるチーム相手でも得点が取れ、そして本人もそれを豪語していたのです。


1988年のドミニクウィルキンス率いるホークスとの7戦にわたる熱いデュエルは、彼の伝説の一つとして有名ですね。


バードが「ナショナル・カレッジプレーヤー・オブザイヤー」、「3度のSMVP」、「3度のNBAタイトル」、そして「ドリームチーム」のベテラン選手として金メダルを獲得したということを記しておくのも、彼の凄さを表す上で的を得ていると言えるでしょうね。


しかしもっと凄いことは、これらの栄光の数々を、彼は驚くべきハイペースで獲得していったのです。


彼のNBAキャリアは14年間と、スーパースターとしては比較的短いのです。にもかかわらず、彼はNBAで唯一の「新人王」「SMVP」「FMVP」、「COY」、「Executive of the year」を獲得した人物となりました。


ちなみに後の二つは、彼の故郷であるインディアナ州、インディアナペイサーズで獲得したものです。


バードはインディアナ州出身にもかかわらず、セルティックス・グリーンとは切っても切れぬ腐れ縁にあるといいます。
ESPNのジャッキー・マクマラン氏によると、
「バードはボストンという土地が好む要素を全て持ち合わせているんだ。大胆不敵であり、ぶっきらぼうで、傲慢。情熱的で、それでいてこだわりが強い。彼は3度のNBAタイトルを獲得したが、もし彼のチームメイトが彼のハードワークについてこられたなら、そしてもし、彼の晩年に肉体が無残にも衰えることがなかったなら、、、容易にもっと多くの数を獲得できただろう。ラリー・バードはボストン史上最高のクラッチプレーヤーの一人さ。」

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